大判例

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東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)141号 判決 1968年7月20日

原告

栗山義則

右訴訟代理人

佐藤義弥

東城守一

被告

鹿児島食糧事務所長

河上主一

被告

人事院

右代表者

佐藤達夫

被告両名指定代理人

片山邦宏

外一名

主文

被告鹿児島食糧事務所長が昭和三九年三月一日原告に対してなした国家公務員法第七九条第二号による休職処分を取消す。

原告の被告人事院に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告と被告鹿児島食糧事務所長との間に生じた分を同被告の、原告と被告人事院との間に生じた分を原告の、各負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める判決

原告――被告鹿児島食糧事務所長が昭和三九年三月一日原告に対してなした休職処分及び被告人事院が昭和四一年八月二六日原告に対してなした判定を取消す。訴訟費用は被告らの負担とする。

被告ら――原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

第二  原告の主張 第三 被告らの主張

第四  証拠(いずれも省略)

理由

一本件処分及び判定の存在

原告が農林技官であつて、鹿児島県囎唹郡輝北町所在、農林省鹿児島食糧事務所囎唹支所輝北出張所に勤務する一般職の国家公務員であるところ、昭和三九年二月一四日鹿児島地方裁判所鹿屋支部に原告主張の公訴事実及び罪名並びに罰条をもつて公訴を提起されたので、原告の任命権者である所長は同年三月一日原告に対し右起訴を理由として本件起訴休職処分をなし、人事院は右処分に対する原告の不利益処分審査請求につき昭和四一年八月二六日右処分を承認する旨の判定をしたことは、当事者間に争がない。

二本件起訴休職処分の違法性

(一)  起訴休職処分の裁量権の範囲

1  国公法七九条二号は起訴休職処分の要件として職員が刑事事件に関し起訴されたことを規定するにとどまる。しかし任命権者は右要件が存在すれば他に何らの制約もなく自由裁量により起訴休職処分をなしうると解すべきではなく、右裁量権は後述の起訴休職制度の目的及び効果並びに懲戒処分との均衡に徴し相当な範囲に制約され、この範囲をこえる起訴休職処分は違法として取消を免れないと解すべきである。

2  よつて右裁量権の範囲について考察する。

(1) 起訴休職処分の目的による制約

(ⅰ) 職員は国公法九六条により国民全体の奉仕者として公共の利益のため勤務し、かつ職務の遂行に当つては全力を挙げてこれに専念しなければならず、国公法一〇一条によりその勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責のために用い政府がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。また職員は国公法九九条によりその官職の信用を傷つけ又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならないのである。

職員が負担する右のような義務の遂行は、職員に対し公訴が提起された場合次のように妨げられることがある。

(イ) およそ公訴を提起された者は、検察官からそのような嫌疑を受けたに過ぎないのであつて、有罪無罪いずれの判決を受けるかはいまだ明らかでないから、いわゆる無罪の推定を受けるものである。しかし刑事訴訟法二五六条によれば検察官は起訴状に公訴事実を掲げるに当つてはできる限り日時場所及び方法をもつて罪となるべき事実を特定しなければならず、また裁判実務上刑事被告人の大多数が有罪判決を受けていることは顕著な事実である。従つて一般的にみれば公訴を提起された職員はある程度客観性ある嫌疑を受けており将来有罪判決を受ける可能性なしとせず、その限りにおいて国民からも一応の疑惑をかけられるといわざるを得ない。

しかるときは公訴の提起を受けた職員がなお引きつづき職務を遂行すれば、公訴事実及び職務内容の如何によつては、職場の秩序が乱され職員が全体の奉仕者として公共の利益のため職務を遂行するという国民の信頼がゆらぎ、官職の信用が失われるおそれなしとしない。

(ロ) 刑事訴訟法二八六条により刑事被告人は同法二八四条二八五条に定める軽微事件を除くの外、公判期日に出頭する義務を負い、同法六〇条に定める理由があれば勾留され得るのであるから、職員は公訴を提起されたことにより勤務時間のすべてをその職責のために用いるのに困難を生ずることもあるのである。

(ⅱ) 起訴休職処分は、公権力の主体たる政府が公権力の信用保持及び職場秩序維持のため、起訴により職務執行につき右のような支障を生ずるに至つた職員をして、刑事事件の判決確定に至るまで職員としての身分を保有させながら職務に従事させないことを目的とする措置である。

従つて任命権者は右処分がこの目的に適合しかつ必要な限度にとどまるようにしなければならない。

(2) 起訴休職処分の効果による制約

起訴休職処分が職員の労働条件に関しこれに次のような多大の不利益を与えることは看過できない。

起訴休職処分を受けた者は給与法二三条により起訴休職処分を受けた当時の俸給及び扶養手当の一〇〇分の六〇以内を受けるにとどまり、昇格昇給についても不利益を蒙るのみならず、人事院規則一一―四「職員の身分保障」三条によれば、職員は休職事由の消滅により復職しても定員に欠員がなければなお休職にされるのである。しかも職員は休職中も職員としての身分を保有するから国公法一〇三条一〇四条により私企業から隔離されこれから収入を得られない。もし職員が公訴事実を争えばなお詳細な証拠調を必要とし公判の審理はそれだけ長期化し、休職による不利益は増大する。その結果職員が無罪の判決を受けてもすでに失つた給与等は検察官の起訴が故意又は過失により違法とされる場合に限り国家賠償法にもとづき回復されることがありうるにすぎない。

従つて任命権者はこの処分により職員に与える労働条件上の不利益についても考慮を払わなければならない。

(3) 懲戒処分との均衡による制約

任命権者は公訴を提起された職員につき検察官及び裁判所とは異つた立場から公訴事実の存否を調査した上、懲戒処分の可否を直ちにまたは刑事判決をまつて定めることができる。起訴休職処分と懲戒処分とは目的要件を異にするとはいえ起訴休職処分は公訴事実の真否を問わず、懲戒処分は懲戒事由たる非行事実の存在を前提とするから、公訴事実が真実であると仮定した場合職員が受くべき懲戒処分による不利益と、起訴休職処分による不利益との均衡如何もまた看過できない。

(二)  本件起訴休職処分について

1  起訴状記載の公訴事実の要旨

当事者間に争のない前記公訴事実の要旨は、「原告は一般職の国家公務員であり輝北町労働組合連絡協議会議長であるところ、昭和三八年一一月二一日施行の衆議院議員選挙において鹿児島県第三区から立候補した日本社会党候補者有馬輝武に当選を得させる目的をもつて選挙運動期間中である同月一四日右協議会書記長後藤谷男に法定外選挙運動文書であるパンフレット四〇枚を一括配布頒布し、よつて政治的目的をもつて人事院規則に定める政治的行為をした。」というにある。

2  よつて右起訴を理由とする本件起訴休職処分の当否を考える。

(1) 起訴休職処分の目的

(ⅰ) (国民の信頼等に対する影響)公訴事実によると、原告は全体の奉仕者であるのに一政党に奉仕して違法な選挙運動を敢行し、職員としての義務に違反し、とくにその政治的中立性を侵したことに帰着する。けれども右事件における検察官の求刑は罰金一万円であつたことは当事者間に争いがなく、右公訴事実により原告の行為の態様をみると、原告は輝北町労働組合連絡協議会議長の地位にあつたので衆議院議員選挙に際し右協議会が支援する日本社会党候補者のため組織の一員として右協議会書記長たる後藤に対し一回限り法定外選挙運動文書たるパンフレット四〇枚を一括配布頒布したにすぎず、この所為は政治的行為としても単純かつ偶発的なものにすぎず、職員の政治的中立性を侵す程度はさして重大とはいえない。

しかも原告が鹿児島食糧事務所囎唹支所輝北出張所に勤務する農林技官であつて専門技術職農産物検査官として米穀の等級検査の職務に従事していたことは当事者間に争がない。原告が政治的中立を保たず違法選挙運動をしたとの事実をもつて起訴されたことを関係者に知悉されながら、なおその職務に従事したからとて、そのため職場の秩序が乱される程度、又は農産物検査官が全体の奉仕者として一党一派に偏することなく公共の利益のため職務を厳正公平廉直に遂行するという国民の信頼が傷つけられる程度は、原告の職務がこのように専ら非政治的かつ極めて技術的な性質を有し管理職に属しない以上、さして重大とはいえない。

(ⅱ) (職務専念義務に対する影響)<証拠>によれば、原告は捜査段階において任意捜査を受け公訴事実に関し全部自白したが、検察官は略式命令を請求せず公判を請求したことが認められる。右公訴事実によれば原告の犯行は単純な一回限りの行為であつて関係者の人数も多くはないからその審理のため極めて多数の公判期日を要しないものと予想するのが一般である。そして当事者間に争のない前記罰条によれば公選法違反の法定刑は二年以下の禁錮又は三千円以上五万円以下の罰金、国公法違反の法定刑は三年以下の懲役又は十万円以下の罰金であるから、刑事訴訟法二八五条により原告は起訴状朗読及びこれに対する陳述の機会を与えられる際と判決宣告期日についてのみ公判期日に出頭する義務を負い、その他の公判期日には裁判所の許可を得て出頭しないことが許され得るし、公判期日の指定を受けるに当り職務繁忙の時期を避けるよう裁判所に要望することも可能である。従つて原告が公判期日に出頭することにより米穀の等級検査の職務遂行上蒙る支障はさして大きいとはいえず、その他職務遂行上の支障を生ずるとの立証はない。

<証拠>によれば、原告は身柄を拘束されないまま起訴されたことが認められるのであつて、原告がその後本件起訴休職処分まで勾留された事実のないことは所長の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。しからば原告は、以後刑事訴訟法六〇条に定める勾留の理由が新に生じない限り仮令第一審で自由刑の実刑に処する旨の判決言渡を受けても判決確定までに身柄を拘束されることはなく、原告に関し将来勾留の理由が生ずると予測されるような事情は本件起訴休職処分当時において認められない。従つて本件において原告が将来勾留され職務遂行不可能となるおそれがあつたとはいえないのである。

(2) 起訴休職処分の効果

起訴休職処分により原告は給与等に関し前示(二(一)2(2))のような不利益を受け、これは日時の経過と共になお増大するものであるから、原告の生活に対し重大な影響を与えるものである。

(3) 懲戒処分との均衡

思うに職員が国公法又は同法に基づく命令に違反した場合に対する懲戒の処分として免職より戒告に至る各種の処分があり得ることは国公法第八二条の定めるところである。

また、職員が起訴されてもその事案にかんがみ禁錮以上の刑に処せられた結果、職員としての欠格事由に該当するに至るとは到底予想されない場合もあることは当然である。

起訴休職処分と懲戒処分とはそれぞれ目的と要件を異にする制度ではあるが、起訴休職処分は実質上それを受けた者に前示のような不利益を与えるものであり、その期間も不確定で長期にわたることもあるので、軽微な懲戒処分に当る事案について起訴休職処分にすることは当を失することもあり得るのである。

しかしながら、一般論として右のようにいい得ても、具体的に本件においては、原告の起訴当時もし公訴事実が真実とするならば、原告に対して果していかなる懲戒処分がなされるものと判断するのが相当であるかは必しも明確ではないので、本件起訴休職処分と原告に対し行なうべき懲戒処分との均衡を考慮すべきであるとの原告の主張を採用して直ちに本件休職処分を違法と断ずることはできない。

(4) 農林事務次官通達について

所長は本件起訴休職処分を農林事務次官通達に則り行なつたから、右処分が違法視されるいわれはないと主張する。

農林事務次官が昭和三六年九月二六日三六秘二八九号「刑事事件に関し起訴された場合の身分の取扱いについて」と題する通達を発し、その中で、「刑事事件に関し起訴された職員は起訴事由の如何を問わず直ちに国家公務員法第七九条第二号の規定により休職とするものとする。」旨及び、「右休職処分は略式手続によつて開始された刑事事件の場合には行なわない。」旨を定めたことは当事者間に争がない。

しかし右通達は農林事務次官が所管の職員に対し起訴休職に関する法令の解釈及び事務取技の大綱を示したものであり、もとより柱に膠することを強いるものでないことは当然であるから、仮令所長が右通達に従つて本件起訴休職処分に及んだとしても、それだけの事由により処分の適法性が確定されるものではない。

しかも、右通達においても起訴休職処分は、略式手続によつて開始された刑事事件の場合に行なわない旨定められていることも考えなければならない。

この通達によれば、本件においてもし原告に対する起訴が略式手続によつて開始され、原告がその後に正式裁判の請求をしたものと仮定すれば、右通達の文言からは原告は休職処分に付されることがなかつたものとも推認される。

また仮に、ある職員が被疑事実を争わず、略式手続で起訴され、そのまま右略式命令が確定判決と同一の効力を生じた場合と、他の同一職務の職員が右と同一程度の事実について被疑事実を争い略式手続によらずに起訴された場合について、右通達を機械的に適用すれば、後者のみが相当期間の休職処分となることとなるが、かかる結果が常に妥当であるとは必しも称し得ないであろう。むしろ右通達の機械的運用はついに職員に対して軽微な事案に対して自白を強いるという悪い結果さえ生ずる虞がないとはいえない。

また仮に右の例において前者も正式裁判の請求をしたとすれば、右通達の文言によれば後者のみが休職処分に付されることとなるが、このような取扱いの合理性については説明に窮することとなろう。

従つて右通達の運用に際しては、その通達全体の趣旨ないしはその通達の発せられた経緯などから、略式手続で開始された刑事事件の場合を特に除いた合理的根拠を考え、その根拠に従つて起訴休職処分制度を合理的に運用することが通達自体において要求しているものと解するのが、むしろこの種の通達のようにあらゆる場合を一々こまかく規定することのできない事項に関する通達の解釈として当然のことと思われる。

(5) 結論

以上検討したとおり、本件に現われた事情を総合して見ると、原告に対する公訴事実は公選法国公法違反として単純かつ偶発的なものであつて職員としての中立性をおかす程度が重大であるというに価しないし、原告が起訴された後もなお農産物検査官として 技術的な職務に従事したからといつて、職場の秩序を乱し、又はその職務の執行に対する国民の信頼を傷つける程度は必しも重大とはいえないし、更に原告が起されたため職務専念義務の遂行に重大な支障を来す程のことではないと認めるのが一般である。

他方起訴による休職は原告にとつて前述のとおり給与その他の面について重大な不利益を与えるものである。

従つて原告に対しなされた本件起訴休職処分は原告の職務、原告に対する公訴事実の内容およびその罪状の程度と休職処分の原告に対して与える実質的不利益の程度とを比較衡量し、かつ、起訴休職処分制度の目的から見ると、原告を本件起訴により休職処分にする必要性があつたものとは認められない。むしろ原告を休職にする必要性がないものと判断すべきことが明白な場合というべきである。

しからば任命権者たる所長が本件起訴休職処分をしたのはその裁量権の範囲をこえた措置というべく、右処分は違法として取消さるべきである。

三人事院判定の違法性

人事院は不利益処分審査手続において原処分を行なうべき事由の有無につき審判をしなければならないのであるが、ここに原処分を行なうべき事由の有無とは、原処分が法令の定める要件を充足しているか否か即ち適法なりや否やとの点のみならず、これが右要件の範囲内において妥当なりや否やの点にも及ぶのである。

原告は、人事院のした判定には原処分の相当性の判断が遺脱していると主張するが、<証拠>によると、人事院は右判定の理由中で本件起訴休職処分が適法であるとの判断を遂げたのち、その妥当性にも論及し、「原告の本件刑事事件と関連して起訴された郵政事務官後藤某は起訴休職処分を受けていないとの原告主張事実も本件起訴休職処分の効力に影響を及ぼさない。」との趣旨を説示していることが明らかである。

よつて人事院の判定には原告主張のような違法は存しない。

四結論

以上説示のとおり原告の所長に対する請求は理由があり認容すべく、人事院に対する請求は理由がなく棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。(大塚正夫 沖野威 宮本増)

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